楽譜に演奏がより良くなるための適切な書き込みをするのは、とても良いこと(というか必要不可欠)
演奏が上手な人は楽譜への書き込みも上手、そして美しい(必要最小限)です

吹奏楽で管打楽器の人が使う「パート譜」には、その曲のほんの一部(たった一人分)の音符しか書かれてません
指揮者が使うスコア(総譜)ですらその音楽のすべてが書かれてる訳ではなくて、そこから「どういう音楽なのか?(音符の向こう側)」を深く読み取らなければなりません

楽譜というもの自体がそもそも「不完全」なもの、音楽をなんとか他人に伝えるためにできた手段でしかないので「行間を読む」的な作業が必要になります
とは言え一人分の音符しか書かれてないパート譜ですら、情報量はかなり多い

なんとなく暗譜で演奏できたとしても「すべての音符、強弱やスラー、アクセント、その他まで書き移せるか?」
と言われたら、どんなにその曲を練習してても見ないで書き移すことは不可能

作曲者が自作を指揮する時だって、ほとんどの場合スコアを見ながら演奏します

吹奏楽コンクールでやる曲の楽譜に、音符が見えないほどめちゃめちゃ多くの書き込みをしてるのはよく見かけます

長い日数と時間をかけて練習するのでそうしたくなるのでしょうが、やりすぎにも程がある(汚なすぎー。もはや楽譜じゃない)

「書け」って言う顧問か講師でもいるのか?
楽譜に書き込みすぎて「曼荼羅(まんだら)」みたいになってる人は、
「がんばった気になってる(がんばったと思い込みたい)」だけの自己満足ちゃんです

中学3年生のトランペットの子が、楽譜のすべての音符に運指(指の番号)を書いてるのを見かけました
新しい楽譜をもらったら、何十分も時間をかけて運指を書くのだそう(で、間違えて書いてる箇所もあって、間違えた運指のまま吹いてた…)

2年以上音楽やったら、どんなに不器用な人でもある程度楽譜は読めるようになります
が、楽譜に音名(ドレミ)や運指(指の番号など)を書き込んでる中高生が増えてるように感じる

楽器初心者の1年生の1学期ならまだしも、なんでそんなことになってるのか?
いくつか理由はありそう

理由その1
「やる曲数が減ってる(同じ曲ばかりやってる)ので、新しい楽譜を練習する機会が少ない」
部活動の時間や日数が減ってきたのと複数の本番で同じ曲を使い回すことが増えてるので、年間でやる曲数は以前に比べて減ってるように思えます

あと、もともとコンクールの曲しかやらない時期が長い
いろんな音楽に触れて、たくさんの曲を経験した方が絶対に良いけど、それが難しいよう

理由その2
「ピアノを習ってた人が減ってる」
以前に比べて、明らかに減ってます

ピアノを習ったことがなくても、楽譜は読めるようになります
が、楽器初心者は音符に音名(ドレミ)や運指を書かないと最初は追いつかないことが多い

で、その後だんだん読めるようになっていくのがフツーですが、甘やかされて育ったのか
「(書かないと)ムリ〜」
みたいな感じで、ずーっとドレミとか運指を書き込み続ける人が増えてる(めんどくさくないのかな?)

「書き込んでる時間があったら、その時間に練習すればいいのに」
「楽譜がゴチャゴチャして、逆に見づらくない?」
と言ったところで、聞く耳持ってくれません(思い込みってコワい)

先輩がバンバン書き込んでるので、後輩もマネして書き込む、という負の連鎖
教える側も時間がない(あとレベルが低い)のかもしれませんが、
「楽譜に指(とかドレミ)、書いちゃダメ」
って言っていいと思います(ぜんぜん極端な指導じゃないと思う)

塾に行くのよりピアノを習った方が地頭良くなる、そして情緒が安定するというのは都市伝説でもなんでもなく真理だと思いますが、
「勉強とピアノはカンケーないでしょ(親)」
「ピアノなんか習っても、なんの役にも立たない」

と、どうしても直接的に勉強する場「塾」に行かされることが多い
ジッとしてられない特に男の子には、ピアノを習わすの難しいとは思いますが(全員ピアノやれ、とか言ってるのではありません)

すべての音符に運指を書き込んでる子たちは、強弱やスラーなどはほとんど目に入ってなくて、だいたい演奏もイマイチ
指の番号だけ見て、あとは「なんとなく聴き覚え」みたいな感じで吹いてるのでリズムも不正確

ネットでどんな曲の音源もすぐ見つかるのも「テキトー聴き覚え族」が増えてる要因?
新しく音符を見て、考えながら練習することをしない
書き込みをして時間短縮してるつもりが、結果的に自ら上達を妨げてる(本末転倒=自爆)

中学1年生の楽器初心者の子たちにごく簡単な曲の楽譜を配ったら、さっそく「ドレミ」や運指を書こうとしたので、
「すごくシンプルで音符も少ない曲だから、書き込まないで楽譜読むのに慣れていこうね
自転車に補助輪付けて乗ってるのと同じだから」
と言いましたが、なんだか書き込みしたそうな感じ…

「補助輪なかったら転ぶ!」
って言い張ってるこどもと同じで、
「書き込みがないと吹けない!」
と思い込んでる

自転車の補助輪は小学校高学年くらいになるとさすがに恥ずかしいけど、楽譜へのドレミや運指の書き込みは本番中に他人に見られる訳ではないので恥ずかしくないのかも

小学4年生でも楽譜に運指やドレミを書かないでトランペット演奏してる子、たくさんいるけどなー(ピアノ習ったことない子もいる)

「楽譜に指書いてるー。恥ずかしー」とか言ったら、イジリだイジメだ、やめなさいとか諭されるのかな?
そして永遠に楽譜を読めないまま、中学3年間の吹奏楽部を終えるのか…
なんだか情けないけど、そんな傾向もっと増えていくのかも

金管楽器は指を押さえるとこ、3つか4つ
「ドレミファソラシ」←7個しかないし、半音階でも1オクターブに12音しかないのになー

