時々マウスピースについて相談されることがあります
「マウスピース、変えた方がいいですかねぇ?」
とか
向上心のある人は、けっこうマウスピースについて考える人が多いようです
(「もっと上手く吹けるのがあるのでは!?」てな感じで)
木管楽器のマウスピースやリードやリガチャなどは専門外なのでわかりませんが、金管楽器については相談に乗ってあげたくなります
が!
マウスピース選びはすごく難しいです
そう、ものすごく難しいんです
ちょっと経験のある人が中高生などに「バックの3Cくらいがいいんじゃなーい?」とか、テキトーなことを言うのを見かけることがありますが、
「(いやいや、責任取れるんかい…)」と思ってしまいます
型番の違うマウスピースを吹いても「ぜんぜん違いがわからない」という人もいれば、同じメーカーで同じ型番のマウスピースを吹いても「ぜんぜん違う」と、微妙な個体差まで感じ取る人もいます
極端な話、マウスピースがその人に合ってない事によって上達が妨げられたり、逆に偶然その人に合うマウスピースに巡り合えたことでグッと上達することもあります
ではどうやってその人に合うマウスピースを探せばいいのでしょうか?
例えばトランペットのマウスピースで一番メジャーなメーカー「ヴィンセント・バック」のマウスピースは、スタンダードなタイプだけで87種類も出てます(全部置いてる楽器屋さんは、世界中探してもありません
「Bach」はフランス人がしゃべってるのを聞いた時は「バッハ」に近い発音に聞こえました(作曲家のバッハと同じ)が、日本でカタカナ表記される時は「バック」と書かれてます(アメリカ人が言う「Bach」の発音に寄せたのかも
「シルキー(Schilke)」というメーカーはスタンダードなタイプで47種類くらい、「ヤマハ」はスタンダードなタイプで30種類くらい
他にもマウスピースのメーカーは世界中に山ほどありますし、メジャーなメーカーでも形状違いや別のシリーズ、メッキの仕上げの違いまで含めると何百、何千どころではない選択肢になります
さらに作られた時期や年代による差があったり、良いメーカーほど手作業の工程が多いので微妙な個体差があったり
で、いざ楽器屋さんに行って見たり吹いたりしようと思っても、せいぜい数十本しか置いてない
いや、小さい楽器屋さんだと数本くらいしかマウスピースを置いてません
インターネットでマイナーなメーカーやマイナーな型番まで探して購入できる便利な時代ではありますが、1本数千円〜数万円するマウスピースをそんなにポンポン気軽に買うことはできません
日本の物価と、日本人の平均収入額は1990年代から現在までほとんど変わってません(なんならちょっと下がってる)でしたが、ここ数年で楽器やマウスピースは一気に値上がりしてしまいました
トランペットのマウスピースは金管楽器の中で一番安価ですが、実売価でバックが7000円ちょっと、ヤマハも2022年10月に20%以上値上がりして5000円ちょっとします
中高生にとっては、買うことに躊躇するお値段です
(買ってはみたけど合わなかったらどーする!?
そして買ったらそれを(イマイチでも)『いい』と思いたくなる心理)
学校の吹奏楽部にいくつかマウスピースがあるので、それらを吹き比べるのはとても良い経験になります
でもだいたい定番の型番が数種類、しかも傷ついていたり凹んでたりと状態は悪いことが多いです
学校の吹奏楽部にあるトランペットのマウスピースは、バックの「7C」「6C」「5C」「3C」、ヤマハの「11C4」「11B4」、もっと昔のヤマハの「11」あたりがほとんどです
楽器やマウスピースは落としたり凹ませたりすると、吹奏感や音色、音程などは思った以上に変化します(悪い方に
中高生(特に男子)はバンバンぶつけたり落としたり凹ませたりするよねー(まあ、ある程度仕方ないけど
「マウスピースのカタログに型番ごとの説明が書いてるから、参考になるかも!」
と読んでみるのは、多少の知識を得ることができます
ですが例えば定番のバック5Cの説明は、
「唇が丈夫で、角張った輪郭を好まない人に向く。生き生きとした豊かな音。」
う〜ん…
同じく定番のバック6Cの説明は、
「C管向けのカップで、明るい音。大編成のバンドやオーケストラでもよく聴こえる。」
C管向け、ってB管には合わないのかな〜?、とか思われそう
はい、そんな感じで正直まったく役に立たないどころか、マウスピースに悩んでる人を混乱させてしまう有様です
ジャズ、ポップスで定番のバック3Cの説明は、
「大きめのカップで、オールラウンドに使える」
短っ
作文に飽きたんかーい
てか、文才なさすぎ〜(大昔に「1本1本に解説の文章入れてください」って言われて、イヤイヤ作った感じ)
てな具合で、もはや説明なんかない方がいいんでないかい??
カタログは役立たずですが、ヴィンセント・バックのマウスピースは素晴らしい、と同時に奥が深いです
ヴィンセント・バックさん(VINCENT BACH 1890年〜1976年)はハンガリーで生まれてアメリカに渡って、ボストン交響楽団やニューヨークのメトロポリタン・オペラなどのトランペット奏者を務めるほど優れた音楽家でした
機械工学を学んだこともあって、マウスピースと楽器の製作で後に大成功しますが、100年以上経った現在でも世界中の楽器製作者から研究され続けている素晴らしい功績を残しています(本当の意味で天才)
で、「定番の5C、6C、7C、って、ちょっとずつリム(唇に当たる部分)の大きさが違うんでしょ?」
と思われがちですが、それだけではありません
5C、6C、7C、それぞれリムの大きさ以外にも、リムの形状、カップの深さ、カップの形状も、すべて違います
「え?『C』っていうのはカップの深さを表してる、って書いてるけど同じじゃないの?」
はい、同じCカップでもそれぞれ異なる、と言うか場合によってはだいぶ違ってることも多いのです
例えばよくあるのは「3Cに変えたら吹きやすくなったけど、なんか音が薄っぺらくてクラシックの曲に合わない。サイズ的には大きくなったはずなのに、なんで?」
指で触ってみるとわかりますが(見た目では光の反射でわかりにくい)、5Cや7Cに比べると3Cのカップはわずかに浅くなってます(6Cも、3Cほどではないけど、わずかに浅い)
でもリムはちょっと平らな形状で、人によっては吹きやすく感じます(で、高い音も出やすいけど、音色の深みに欠ける←人にもよる)
ちなみに7Cはリムが極端に丸い、と言うより「尖ってる」ようなのが多くて(製作時期にもよる)、唇が痛くなったりすぐにバテてくる人が多いです(でもバックのトランペットに標準で付属するのが「7C」!←これ大問題)
バックの7Cは楽器に付属するマウスピースのため、製作数が最も多くなります
それによって少し前の時代の旧式の旋盤(マウスピースを作る機械)の7C用の刃が劣化して、リムの特にエッジの形状が変わってしまった個体が多い、という話を聞いたことがあります(本当かどうかはわからないけど、たぶんホント
でも「7Cが標準的な大きさのマウスピースなんだから、最初は7Cを使え」と、部活などで言われることは今でも多いようです
1940年代〜1960年代のバック7Cは、後のものと比べるとリムは丸すぎなくてちょうど良い形状です
ヴィンセント・バックさんが当初設計した形状からだんだん変わってしまったのだとしたら、メーカーとしての品質管理が良くなかったと言えるかもしれません
どんなに素晴らしいメーカーでも、人間がやることなので「何もかも完璧」とは、なかなかならない訳です
他のメーカーでは「型番によってリムのサイズだけが違って、他はすべて共通。」
というメーカーもあります
ヴィンセント・バックのマウスピースは型番ごとに細かい部分まで、バックボアと言われる穴の奥の見えない部分の形状までそれぞれ微妙に異なってデザインされてるのです
大きさを数字やアルファベットに当てはめて、いくつかの種類をデザインした
と言うより、いろんな人から依頼を受けてカスタムメイドしたマウスピースの、出来が良くて多くの人に使ってほしいものに「後で型番を付けた」
という感じの方が近いと思います
例えば、
「新しくいい感じのマウスピースできたからラインナップに加えるかー。だいたい8Cと9Cの間くらいの大きさだから『8-1/2C』って型番にしよう」
みたいな感じ
そんな感じでどんどん増えていって、通常モデルだけで87種類というすごいラインナップになったのだと思います
一番大きいリム(内径17.5mm)と小さいリム(内径15.0mm)の差は、直径でわずか2mmちょっと
その中に87種類というモデルがあるので、わずか0.0何mmの違いを唇は感じ取る、ということがわかります
なので型番の中の数字やアルファベットは「ある程度の目安」と思った方が良いです
他に「このリムが最高に気に入ってるけど、カップがもうちょい深ければ完璧なのになー」とかいう感じで、実際に工房などで部分的なカスタマイズ(改造)をする人もいます
例えば工房に行って「カップだけちょっと深くしてください。そしたらバッチリなはずなんで。」
なーんて感じで、自分だけのマウスピースにルンルン気分でカスタマイズ
ですが、バックのマウスピースはいろんな部分が絶妙に全体のバランスを取られてデザインされているので、カスタマイズされたものが出来上がってきて吹いてみたら、
「う、思った感じと違う…なんで?」と残念な結果になることもよくあります
「ふ、マウスピースをナメんなよ」とヴィンセント・バックさんが天国で思ってるかどうかはわかりませんが、いろんな箇所が相互に影響しあってバランスが取れた設計になっているという、実に奥の深いミクロ単位の世界なのです
またジャズやビッグバンドで超高音域をピューピュー、ギュンギュン吹いてる人を聴くと、
「あーゆーのはちっちゃくてカップが浅いマウスピースを使ってるからあんな高い音が出るんだ」
と思われることがよくあります(ぼくも中学生の時はそう思ってました
実際に小さくて浅いマウスピースを使う人もいますが(エリック・ミヤシロさんとか)、クラシックの人と変わらないごく普通の大きさ、深さのマウスピースの人も、けっこういます(アルトゥーロ・サンドヴァルとか)
小さかったりカップが浅いマウスピースの方が高い音は出やすい、というのは間違いではありませんが、絶対にそうとは限らないところが難しいです
マラソン選手のシューズに(無理やり)当てはめると、やっぱりその人に合った形と大きさが一番その人の能力を発揮できる(大きすぎても小さすぎてもダメ。形も重要)、という考え方もできます
とりあえず走ることならできるシューズでも、長距離走るとマメができたりタイムが伸びなかったり…
「うん。で、結局マウスピースって、どうやって選んだらいいの?」
現時点で自分に一番合ってると思うマウスピースを基準にして(手放さないで)、とにかく学校や楽器屋さんや人の持ってるマウスピースを勇気を持っていろいろ試してみる(借りるときは丁寧に使いましょうね
メーカーや型番や数値やお値段や「これが定番」とか「誰々が使ってる」とか「自分は絶対フラットなリム」とかの固定観念はなるべく捨てて、とにかくニュートラルな気持ちでたくさんの種類をなんでもいいからまずは吹いてみる
(知識はない方がむしろ良いかも。台湾製や中国製のマウスピースだって、合うかもよ)
自分の「基準マウスピース」に近い、または超えるマウスピースに運よく巡り合えたら、2〜3週間は使い続けてみて、その後もう一度基準マウスピースと吹き比べてみる
(その上で、楽器との相性もあるから本当に難しいです
マウスピースを変えると、普段使ってない顔の筋肉の部分を新たに使うことになって、それが理由でなんだか最初(だけ)すごく高い音が出やすい、とか思ったりすることがよくあります(でも初日だけだったりすることも… Oh My God!
吹きやすさ、音色、音程、高い音、低い音、タンギング、跳躍、持久力、レスポンス(反応)、息の抵抗感など、あらゆる要素の『総合点』で「絶対にこっちの方が良い」と思えたなら、乗り換える(慣れるまで数週間はかかるので、大事な本番前とかはやめた方がいいかも
あとは、幸運を祈る(もちろん練習もしようね
数ヶ月後に結局以前の「その人の基準マウスピース」に戻ること(元さや?)もよくあるので、基準マウスピースは人にあげたり手放さない方がいいかも
いろんなのに浮気しても、結局ヴィンセント・バックのマウスピースに戻ってくる、というのはよく聞く話です(それだけいろんな要素のバランス面での完成度が高い
そんな感じのいわゆる「マウスピース病(不治の病)」になってる人が、特にトランペット奏者は世の中たくさんいます(自分が下手なのはマウスピースのせいだ!という思い込み〜
まぁ、そういうのも含めて「楽しんで」マウスピース選びをするのが、幸せかなと思います
でも「ずっとこの1本しか使ってないよ」とか言う人がカッコよく見えたりもするマウスピース病患者(重篤
「マウスピース、変えた方がいいですかねぇ?」
に対して
「う〜ん、難しいですよねー」
だけだと、親身になってないように思われそうなので、具体的な型番を求められたらぼくはバックの「6B」を薦めてます
「6B」はBカップにしてはカップが深すぎなくて(「7B」「5B」「3B」は同じBカップでもけっこう深くて、高音域がキビシい←ただし、人にもよる)、リムの形状が素晴らしい、音色も素晴らしい、音程も良い、吹奏楽のポップスやジャズでも使える良いマウスピースだと思います
自分にはちょっと小さく感じるので使ってはいませんが
でも学校の吹奏楽部に「6B」が置いてることはほとんどなくて、今までけっこう薦めたけどみんなあんまり使ってくれてない気がする
5Cとかのやや丸っこいリムが好きな人もけっこういるので、そういう人には合わないかも(6Bはやや平らなリム)
あと、なぜか「1」「3」「5」「7」という「奇数」が付く型番が好まれてるような気もします(「6B」ベストバランスなのにな〜
少しはお役に立てましたでしょうか?
運よく自分に合うマウスピースに巡り合えた人はホントにラッキーです